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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)455号 判決 1986年7月22日

原告

野津武夫

野津博子

右両名訴訟代理人弁護士

田中和

西山鈴子

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

金岡昭

片正俊

坂口幸昂

篠原茂

荻島昭彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告は、原告野津武夫(以下「原告武夫」という。)に対し、一〇五三万一五四〇円、原告野津博子(以下「原告博子」という。)に対し、九六八万一五四〇円及び右各金員に対する昭和六〇年二月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五九年九月二五日午後三時四〇分ころ

(二) 場所 東京都江戸川区西瑞江三丁目五番地先路上(以下適宜「本件事故現場」又は「本件道路」という。)

(三) 加害車両 自動二輪車(足立ら一七三八号)

右運転者 訴外照井正利(以下「照井」という。)

(四) 事故態様 訴外野津比呂樹(以下「比呂樹」という。)は、自転車に乗り本件道路側端を江戸川土手方面から京葉道路方面に向けて進行中、多数の買物客らが通行し、時速二〇キロメートルの速度制限のある本件道路を時速八〇キロメートルを超える高速で比呂樹と反対方向に向かつて走行してきた加害車両に衝突され、約一〇メートルほどはね飛ばされて、頭、胸、腹腔内臓器損傷の傷害を被り、これにより、同日午後五時二八分ころ死亡した(右事故を、以下「本件事故」という。)。

なお、右事故の際、加害車両は、道路交通法規違反のため、警視庁小松川警察署交通課勤務今井重俊巡査部長(以下「今井巡査部長」という。)及び斉藤一司巡査(以下「斉藤巡査」という。)運転の白バイ二台(以下合わせて「本件白バイ」という。)に追跡されていた(以下適宜「本件追跡」又は「本件追跡行為」という。)。

2  責任原因

(一) 国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条の責任

(1) 今井巡査部長及び斉藤巡査は、いずれも被告である東京都の警視庁小松川警察署交通課勤務の警察官であり、パトカーに乗務し、交通法規の取締等警察作用の行使をその職務内容とするものであつて、右職務の一環として前記一1(四)のとおり加害車両を追跡したものである。

(2) ところで、右警察官両名は、パトカーによる追跡に当たつて加害車の暴走により第三者に危害が生じないよう配慮すべき職務上の注意義務があつたところ、本件追跡においては、その当初から本件事故発生直前に至るまで、加害車両が通行量の多い本件道路を時速八〇キロメートルを超える速度で既に五〇〇メートルも暴走し続けており、このまま追跡を継続すれば加害車両による第三者への危険の発生が予見されたのであるから、更に追跡を継続するからには、サイレンの吹鳴あるいはマイクの使用等適宜の方法により、第三者に対し、右危険の発生につき注意を喚起すべき注意義務があるにもかかわらず、追跡開始当初にサイレンを一回吹鳴し、赤色燈を点燈したのみで、マイクを使用することもなく追跡を継続したため、比呂樹が暴走してくる加害車両に気づかず、これに衝突されるに至つたもので、本件事故は、右警察官らの違法な追跡行為によつて発生したものというべきである。

また、右警察官らは、本件事故発生の具体的危険を予見しうる状況にあり、したがつて、右職務上の注意義務を履行しえたのにこれを怠つたものであるから、過失により右違法な追跡行為を継続し、本件事故を発生させたものである。

(3) そして、今井巡査部長及び斉藤巡査が、本件事故当時いずれも国賠法一条にいう公共団体の公務員であり、公権力の行使に当たつていたことは明らかであるから、被告は、同法条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の責任

被告は、本件白バイを自己のため運行の用に供していた者であるところ、本件事故は、照井が本件白バイの追跡から逃れようとして暴走した結果生じたものであり、本件白バイの運行によつて生じたものというべきであるから、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益 二五〇九万三〇八〇円

比呂樹は、昭和四八年一〇月七日生まれの健康で学力良好な少年で、本件事故に遭遇しなければ、満一八歳から六七歳まで稼働し、その間少なくとも昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子全年齢平均給与額を一・〇七〇一倍した月額三二万四二〇〇円を下らない金額の収入を得られたはずであるから、右収入を基礎に、生活費として五〇パーセントを控除したうえ、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、比呂樹の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は二五〇九万三〇八〇円となる。

324,200×12×0.5×12.9=25,093,080

(二) 相続

原告らは、比呂樹の両親であつて、同人の死亡によりその損害賠償請求権(前記逸失利益)を法定相続分に従い各二分の一の割合でそれぞれ相続取得した。

(三) 慰藉料 合計一五〇〇万円

原告らが比呂樹の死亡により被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては各七五〇万円が相当である。

(四) 葬儀費用 八五万円

原告らは、比呂樹の葬儀を行い、その費用として原告武夫において八五万円を支出した。

(五) 損害のてん補 合計二〇七三万円

原告らは、本件事故による損害に対するてん補として、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から二〇〇〇万円、訴外照井哲雄から七三万円の支払を受け、これらを原告ら各二分の一の割合で前記損害に充当した。

4  結論

よつて、原告らは、被告に対し、本件事故に基づく損害賠償として、原告武夫において一〇五三万一五四〇円、原告博子において九六八万一五四〇円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である、昭和六〇年二月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)、(二)、(三)の各事実は認め、(四)は、本件道路が買物客の多数通行する道路であるとの点、本件事故発生の際本件白バイが加害車両を追跡していたとの点を否認し、その余を認める。後述のとおり、本件事故は、専ら照井の過失によるもので、今井巡査部長らの追跡によるものではない。

2  同2の(一)(1)の事実は認め、(2)は本件白バイが加害車両を追跡したこと、サイレンは追跡開始当初に一回吹鳴したのみでマイクは使用していないこと、比呂樹が加害車両と衝突したことは認め、その余は否認ないし争う。同(3)は、被告に責任があることは争い、その余は認める。

3  同2の(二)の事実のうち、被告が本件白バイを自己のため運行の用に供していた者であること、本件白バイが途中まで加害車両を追跡したこと及び本件事故が発生したことは認め、追跡のための白バイの運行と本件事故との因果関係は否認し、責任は争う。

4  同3は不知ないし争う。

三被告の主張

1  追跡行為の適法性

今井巡査部長及び斉藤巡査は、昭和五九年九月二五日午後三時三八分ころ、交通指導取締りのため、江戸川区西瑞江二丁目四一番先路上を西瑞江一丁目方面から今井街道方面に向けて本件白バイで警ら中、江戸川区西瑞江二丁目三八番地先の信号機が設置してある交差点(以下「本件交差点」という。)において、赤色燈火の信号に従つて停車中の加害車両の運転者である照井及び同乗者がヘルメットを着用していない(道路交通法(以下「道交法」という。)七一条の三第一項)のを現認したので、交通事故防止及びヘルメットの着用を注意指導するため、加害車両に接近したところ、照井が振り返るやいなやいきなり赤色信号を無視して加害車両を急発進させ、前記交差点を左折し、江戸川土手方面に逃走した。そこで、今井巡査部長ら二名は、照井を信号遵守義務(道交法七条、一一九条一項一号の二)及びヘルメット着用義務の各道交法違反のほかにいわゆる挙動不審者として他に何らかの犯罪に関係があるものと判断し、同人を検挙するほか、挙動不審者に対する職務質問が必要であると判断し、直ちに本件白バイの赤色燈を点燈させ、かつ、サイレンを吹鳴して加害車両の追跡を開始したもので、本件追跡行為の開始及び継続は、当該職務目的を遂行する上で必要不可欠であつた。

また、今井巡査部長らが加害車両を追跡した本件道路は、車道幅員約六・六メートルで更に歩道が設けられているうえ、昼間帯で交通量も少なく、特別危険な道路交通状況にはなく、右追跡方法の相当性のほか、被追跡者たる照井の運転態様に照らしても、第三者の被害発生の具体的危険性は予見できなかつたのであるから、今井巡査部長らの本件追跡行為の開始、継続には何らこれを違法とすべき点はない。

2  因果関係の不存在

また、今井巡査部長らは、右追跡開始から約一四〇メートルほど加害車を追つたが、照井が時速八〇ないし九〇キロメートルもの高速で逃走したこと、他方同巡査部長らは、他の通行車両への安全を配慮しつつ走行したことなどから、加害車両との車間距離が一五〇ないし一六〇メートルに開き、これ以上追跡したとしても加害車両を停止させることは不可能と判断し、追跡を中止した。本件事故は、その後に発生したものであるから、本件追跡行為ないし本件白バイの運行とは何ら因果関係がない。

仮に、本件事故がなお本件追跡の間に発生したものであるとしても、右1のとおり、追跡が当該職務目的を遂行する上で必要なものであり、また、逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等に照らして被害発生の具体的危険性はなく、かつ、追跡の開始、継続及び方法が相当であつたのであるから、違法な職務執行により本件事故を発生させたものでないことは明らかである。

3  自賠法三条の主張に対する抗弁

(一) 本件事故は、専ら加害車両に乗つて制限時速二〇キロメートルの本件道路を時速八〇キロメートルを超える高速で走行した照井の過失に起因するもので、今井巡査部長及び斉藤巡査には何ら過失はない。

(二) また、本件白バイには、構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

四被告の主張に対する認否

1  被告の主張三の1、2は争う。

2  同3(抗弁)の(一)のうち、本件事故が照井の過失により引き起こされたものであることは認めるが、今井巡査部長及び斉藤巡査に過失がなかつたことは争う。同(二)の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(事故の発生)の事実のうち、(一)日時、(二)場所、(三)加害車両、右運転者の事実及び(四)事故の態様のうち、比呂樹が自転車に乗り本件道路を通行中、本件白バイに追跡され(ただし、本件事故発生との因果関係の点を除く。)、制限時速二〇キロメートルの本件道路を時速八〇キロメートルを超える高速で逃走してきた加害車両に衝突され、約一〇メートルほどはね飛ばされて、頭、胸、腹腔内臓器損傷の傷害を被り、これにより、同日午後五時二八分ころ死亡したことはいずれも当事者間に争いがない。

また、請求原因2(責任原因)の事実のうち、本件白バイが追跡開始から少なくとも約一四〇メートルくらいの間加害車両を追跡したこと、サイレンは追跡開始当初一回吹鳴したのみでマイクは使用していないこと及び比呂樹は加害車両と衝突し本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件事故が発生するまでの経緯及び本件白バイによる加害車両の追跡状況について判断する。

右争いのない事実に、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

1照井は、昭和五九年九月二五日午後三時四〇分ころ、加害車両の後部座席に訴外森田修弘(以下「森田」という。)を同乗させ、江戸川区西瑞江二丁目三八番地浄土宗大雲寺前先路上の本件交差点停止線付近で赤色信号に従つて停車していた際、偶々、後方から今井巡査部長及び斉藤巡査運転の本件白バイが走行してくるのを視認したので、無免許運転が発覚して逮捕されるのを恐れ、右交差点の信号が赤色であるにもかかわらず、急発進して同交差点を左折し、本件道路を京葉道路方面から江戸川土手方面に逃走を始めた。

照井は、本件白バイを振り切つて逃げようと考え、右交差点を左折直後エンジンをふかし、最高速度が時速二〇キロメートルに制限されている本件道路を時速約八〇キロメートルで走行したところ、約五〇メートル後方からサイレンを吹鳴し、本件白バイが追跡してくるのを確認したため、更に加速をして時速約八五キロメートルで約四二〇メートル程疾走して、本件事故現場付近に至つた際、前方左側に駐車していたワゴン車を避けようとして対向車線にはみ出して走行したところ、約二三メートル前方に対向車線を自車とは反対に京葉道路方面に進行してくる比呂樹の自転車を発見し、急制動の措置をとつたが、間に合わず、これに衝突し、比呂樹を右自転車もろとも路上に転倒させた。

なお、右事故発生直後ころ、今井巡査部長らの本件白バイが本件事故現場に到達している。

2他方、今井巡査部長及び斉藤巡査は、前同日、全国交通安全運動の一環として二輪車に対する指導、取締りを強化するため、本件白バイに乗車して交通指導取締りの警ら勤務に従事したのち、帰署するため、江戸川区西瑞江一丁目方面から本件交差点に差しかかつたところ、前方の本件交差点で赤色信号のため停車していた加害車両の運転者及び同乗者が共にヘルメットを着用していなかつたため、右着用の注意指導を与えるため近づいたところ、前記のとおり、加害車両の運転者である照井が右接近に気付くやいなや、前方信号機が赤色を示しているにもかかわらず、突然発進し、右交差点を左折して逃走を始めたため、道交法違反(信号無視、ヘルメット着用義務違反)者として検挙するため、それぞれサイレンを一回吹鳴し、赤色燈を点燈して追跡を開始した。しかし、右交差点を左折し追跡を開始した時点では、加害車両と本件白バイとの車間距離は約五〇メートルほどであつたが、加害車両が周囲の交通情況を無視して駐車、走行車両脇を無謀にすり抜けるなどして暴走していくのに対し、本件白バイは前記車両に妨害されて追跡にもたつき、たちまち、加害車両にひき離されていつた。今井巡査部長らは、更に約一四〇メートルほど追跡を継続したが同区西瑞江二丁目三七番地先の交差点付近に差しかかつた地点で、なお前同様の高速で逃走する加害車両と一五〇ないし一六〇メートルの差がついたため、追跡による検挙は断念したが、間もなく、本件交差点左折後約二二〇ないし二三〇メートルほど走行した地点では、本件道路が右にゆるく曲つていて加害車両の姿を視認できなくなつたため、そのころ赤色燈の点燈を中止し、なお、そのまま加害者の逃走方向(ただし、今井巡査部長及び斉藤巡査が所属する小松川署とは反対方向)である江戸川土手方面に走行していつたところ、本件事故現場における本件事故の発生を確認した。

なお、今井巡査部長らは、本件交差点で加害車両に近づいていつた際は加害車両後方の信号待ちの停車車両により、本件交差点を左折後は加害車両との車間距離があつたため、加害車両の車両番号は確認できなかつた。

3本件交差点から江戸川土手方面に至る本件道路は、車道幅員が六・六メートルのアスファルト舗装であつて、江戸川土手方面に向かつて右側には植込みにより区分された幅員二メートルないし四メートルの有蓋歩道があり、車道中央には白実線(一部点線)標示により上下線を区分した中央線があるほか、終日駐車禁止の規制がされている。

また、本件道路は、本件交差点から本件事故現場手前約四〇メートルの地点までは、ほぼ直線で見通しがよく、道路の左右には会社及び商店等の建物が立ち並んでいて、本件交差点から本件事故現場までは信号機の設置された交差点が二箇所ある。

なお、本件事故現場手前約四〇メートルの地点から江戸川土手方面の本件道路は向かつて右側にゆるやかに曲がり、本件事故現場を少し過ぎた所から更に左にカーブしている。したがつて、本件交差点から江戸川土手方面に進行した場合には、本件事故現場手前約四〇メートルの地点から江戸川土手方面は少し見通しが悪くなつており、今井巡査部長らも、このために加害車両を一時見失う状態になつたものである。

4また、本件道路の交通の程度はひん繁ではなく、本件事故直後も五分間に七台程度の自動車の往来があつた程度である。なお、本件事故当日の天候は、晴天であつた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三次に、被告は、本件追跡行為は途中で中止されているとして、本件事故発生との因果関係を争うので、この点につき判断する。

1右一、二の事実によれば、本件白バイは、加害車両を追跡開始後間もなく駐車、走行車両に妨害されるなどのため、高速で走行していく加害車両にひき離され、かつ、本件道路が右カーブしていたため、加害車両を見失い、そのため赤色燈の点燈を中止するなどしているが、加害車両の動向の確認等の目的のために、その後も更に本件道路を加害車両が逃走した方向へ走行していつたものと推認するのが相当である。甲第二〇号証中の今井巡査部長の追跡行為を断念した旨の供述部分も、前記認定事実に照らすと、およそ追跡行為自体を中止したというのではなく、検挙を目的とする緊急追跡行為を断念したという趣旨に解するのが相当である。また、前記認定の事実によれば、照井は、本件白バイの追跡をふりきつて逃走しようとして本件交差点を左折し約四七〇メートルを時速約八〇ないし八五キロメートル(秒速約二二メートルないし二三メートル)で走行したもので、途中約五〇メートル後方を見た際本件白バイが追跡しているのを確認しているのであるから、右の直後で、右地点から約四〇〇メートルくらいしか離れていない本件事故現場付近においては、照井がなお本件白バイの追跡が続行されていると思つて走行していたことは優に推認できるところである。

2したがつて、本件事故が本件追跡行為の中止後に発生したもので、本件事故との間に因果関係がないとする被告の主張は採用し難く、本訴請求との関係では、本件事故は、なお本件追跡行為が継続しているうちに発生したものと認めるのが相当というべきである。

四進んで、国賠法一条に基づく被告の責任について判断する。

1およそ警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断してなんらかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者を停止させて質問し、また、現行犯人を現認した場合には速やかにその検挙又は逮捕に当たる職責を負うものであつて(警察法二条、六五条、警察官職務執行法二条一項)、右職責を遂行する目的のために被疑者を追跡することはもとよりなしうるところであるから、警察官がかかる目的のために交通法規等に違反して車両で逃走する者を白バイで追跡する職務の執行中に、逃走車両の走行により第三者が損害を被つた場合において、右追跡行為が違法であるというためには、右追跡が当該職務目的を遂行するうえで不必要であるか、又は逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである。

2右1の見地に立つて本件をみると、前記認定の事実によれば、(一) 照井は、ヘルメット着用義務に違反していたうえ、警察官の接近に気付くやいなや突然赤色信号を無視して高速度で逃走するなど、単に道交法違反者というにとどまらず、挙動不審者として他の何らかの犯罪に関係があるものとの疑いをかけられてしかるべき行動を取つたのであるから、今井巡査部長及び斉藤巡査において照井を道交法違反の現行犯人として検挙するほか挙動不審者としてこれに対する職務質問をする必要があつたということができ、また、右今井巡査部長らは、加害車両の車両番号の確認もできていなかつたのであるから、警察官として加害車両の追跡を開始し、これを継続する必要があつたものというべきであり、(二) また、本件白バイが加害車両を追跡した本件道路は、その両側に会社や商店等が立ち並んでいるうえ、交差する道路もあるが、格別危険な道路交通状況にはなく、本件事故現場手前約四〇メートルの地点までは直線で見通しもよく、進路右側には幅員二メートルないし四メートルの歩道があり、車道の幅員は六・六メートルであつて、当時の交通量もさほどのものではなく、天候は晴天であつたのであるから、本件白バイの追跡行為により、直接、又は被追跡者の暴走等により間接に第三者に対する被害発生の蓋然性のある具体的危険性を予測しえたものとは認め難く、(三) さらに、本件白バイは、追跡開始当初一回のみサイレンを吹鳴しただけでその後は吹鳴せず、マイクも使用していないが、本来緊急自動車のサイレン吹鳴は同車が一般車両と異なり、道交法規の適用を排して(道交法三九条ないし四一条)優先通行をする場合にこれに対する警告のためにされるものであつて、他の危険車が存在することを通行人等に警告するためにされるものではないから、白バイが追跡行為継続中常にサイレンを吹鳴しなければならないものではないし、また、本件道路状況及び前記認定の本件白バイの本件事故発生直前の追跡目的、状況からすれば、サイレンを吹鳴し、あるいはマイクを使用しながらの追跡行為を義務づけるような特段の事情は認められないから、サイレンの吹鳴、マイクの使用をしていなかつたことをもつて直ちに不相当な追跡行為とまではいえない、というべきである。なお、本件白バイが追跡行為を中止した旨加害車両に告知すべき義務のないことはいうまでもない。

3よつて、今井巡査部長及び斉藤巡査の本件白バイによる追跡行為は、その開始・継続若しくは追跡の方法のいずれにも不相当な点はなく、違法であるとは認められないから、その余について判断するまでもなく、被告には、国賠法一条に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任はないものといわざるをえない。

五そこで、自賠法三条に基づく被告の責任について判断する。

1被告が本件白バイの運行供用者であることは当事者間に争いがないが、前記認定事実によれば、本件追跡の開始直後ころから事故発生当時まで、本件白バイと加害車両とは終始一〇〇メートル以上離れており、本件事故が本件白バイの走行自体の危険性から生じたものでないことは明らかである。

したがって、本件事故は自賠法三条にいう車両の運行により生じたものとは認められないから、その余について判断するまでもなく、被告は、同法条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を負わない。

2なお、仮に、右の点をさて置くとしても、前記認定事実によれば、本件事故につき被告及び本件白バイの運転者たる今井巡査部長、斉藤巡査において過失がないことが認められ、本件事故は照井の過失によつて惹起されたものであること及び本件白バイに構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは当事者間に争いがないから、被告は、自賠法三条但書の適用により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責を負わないものというべきである。

六結論

以上認定判断したとおり、原告らの被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官藤村 啓 裁判官比佐和枝)

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